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今から、六十数年前のことです。アメリカのウエブスターという街にジャルグィスさんという人がいました。
ジャルグィスさんは、ご主人に先立たれ、日曜学校の先生をしながら、その街の子どものために尽くし、自分の娘をかわいがり育てました。
お母さんのジャルグィスさんは、子どもを育てる苦労のせいか、まだ若い年でしたのに、なくなってしまいました。
娘のアンナは、それからお母さんの命日には、日曜学校の生徒と一緒に、思い出の会を開き、真っ白なカーネーションの花を霊前に飾り、お参りしている人たちにも配ったのです。
カーネーションの花は、花ことばでは、「母の愛情」を意味しているので、アンナは、お母さんの元気なころの、やさしい愛情を思い出して、このカーネーションの花をそなえるというこのアンナの考えと行いは、やがて教会から教会へと伝わって、1908年5月の第2日曜日に、アメリカ各地の教会で、第一回母の日が開かれたのです。
この集会に集まった人々は、この日を国際母の日と決めました。そして、胸につけるカーネーションの花も、アンナのように、お母さんをなくした人は、白、お母さんのいる人は赤というように決めたのです。
こうして、母をなくした白いカーネーションの人たちには、やさしいいたわりと、暖かい励ましの言葉がかけられたのです。
また、お母さんが元気な人、赤いカーネーションの人たちには、その幸せとお祝いの言葉がかけられたのです。こうして、赤い花,白い花の人たちも,お互いにお母さんへの深い感謝をささげたのです。
やがて、こうした風習は,アメリカの議会でも取り上げられ、1914年に5月の第2日曜日を母の日と定めることになったのです。
日本でも,戦後,1951年の5月の第2日曜日に母の日の運動を全国に広げて,社会行事のひとつに取り上げられるようになりました。
どうですか,みんな,母の日がのかどのようにして生まれてきたのかわかりましたか。このように,どこの国でもお母さんを思わない人はいません。それは,なぜだかわかりますね。
お母さんというのは,どこのお母さんも、自分の子どもをとてもかわいがっていて、自分が犠牲になってもみんなのことを守り,立派に育てようとしているからですね。
お母さんの仕事や,お母さんが苦労していることを考えたことがありますか、どうでしょう?口答えや文句ばかり言ってはいないでしょうか。
お母さんは,朝から晩まで,いや寝ているときでもみんなのこと,うちの人たちのことを心配し,考え,働いているのですね。 こうして,考えてみると、とてもお母さんの苦労やお母さんの気持ちは,口では言い表せませんね。
私たち一人一人は、この母の日をきっかけにして、あらためて、心からお母さんに感謝し、お母さんを大事にするようにしましょう。
母の日には,カーネーションの花や,プレゼントをお母さんに差し上げることもいいと思いますが、お母さんの仕事をわかり,お母さんにお世話になっていることを心から感謝するようにしたいものです。
学級だより・・・げんき
S62.5.8 第3号より
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